■case2 高梨ひろしさん(仮名)39歳 無職歴7年
高梨ひろしさんの実家は、建築業を営む中小企業だった。バブル時にはさいたま市内に自社ビルを持つほどで、大学を卒業した高梨さんが後継者として入社した当初は、20万円もするブランドスーツを毎月新調していたという。だが、景気の悪化に伴って業績も急降下。自ら社長となった28歳のとき、ついに倒産に追い込まれてしまった。
「経営を一手に担っていた私にとって、会社が傾いていく心労は耐え難いものでした。10億円もの借金と従業員の生活が、まだ20代の自分の両肩にのしかかっていたのですから。不眠、リストカット、家庭内暴力などで生活は荒み、いつでも死ねるようにカッターを持ち歩いていました」
倒産の後処理が終わると、うつ病で病院へ直行し入院。退院後は、運よく残った実家で7年間に及ぶ引きこもりが始まった。
「当時の記憶はないです。ただ、生きていただけ。唯一、性欲はあったので、手元にあった800万円の貯金でひたすら風俗に通っていましたね。今思えば、それを元手に再起できたはずですが、なにせそれまで億単位の借金を背負っていたので、金銭感覚が完全に麻痺していたのだと思います」
残金が残り300万円になったとき、ネットで見つけた車を衝動買いし、貯金もついに底をつく。そこで、2年前にようやく派遣として工場で働き始めたが、今年の1月にうつ病が悪化して退職し、現在に至る。今は、両親の年金で食い追ぎつつ職探し中だ。
「ネットやフリーペーパーで探してはいるのですが、うつ病もあってなかなか積極的に外に出て就活はできないです。車のローンも残っているし、両親に迷惑をかけ続けていることを思うと『自分は一体、この年で独身で何をやっているのか?』と凹みますよ。でも、本当に死ぬ思いをした20代があったので、『30代は休んでもいいかな?』と思う自分もいるんです」
しかし40歳を目前に控え、「両親が健在で、住む家もあると“焦り”がなくなることに“焦り”を感じる」という高梨さん。
「30代は休んだので、40代は頑張らないといけないとは思っているんですが……今のところはノープランですね」
思い返せば、就職活動も必要なく「自分の道を自分で切り開いた経験がない」と、ひとりごちる高梨さん。時代の波に翻弄されたゆえなのか? 自己責任なのか? 本人はわかってるはずである。
【竹原慎二の激辛エール】
俺の周りにも必死に頑張ってる経営者が何人もおる。キツいのはわかるし、過去を理由に親の年金に頼って生きられるなら、そうすればええじゃろ。ただ親御さんが亡くなったら、ちゃんと届けは出せよ。それだけじゃ。